六 連 星backnextindex




「先生、これ」
「……?こんな時間に教室に連れ出すんで何の用かと思ったら……なに、コレ」

空が茜色に染まる頃、虚しくなった3年Z組の教室に教師・銀八は呼び出されていた。
彼を連れ出した相手とは、銀八が受け持つこのクラスの生徒・土方。
前々から銀八に好意を寄せている人間だ。
その彼が今、ここで銀八に突き付ける用件とは。

「プレゼント」
「プ、プレゼントォ!?」

教卓の上にちょこんと置かれた小柄な箱を見、銀八は思わず大声を上げてしまった。
音は空っぽの空間に反響し、無へと還って行く。

「何で俺がお前からプレゼントなんて貰っちゃうんだよオイ!」

目の前に差し出されたものは現在では場違いのように思えて、すかさず抗議の言葉を唱えた。
こんなにあっさりと(しかも土方から)贈り物を受けるなど、何か裏があるに違いない。
よくよく考えれば、生徒でもあり恋人でもある土方から特別な理由も無しに物を貰うと、 後にろくな事が起こらないのだ。
(以前、今日と同じく放課後の教室で好物の甘味・クッキーを貰って食した時なんて、 有ろう事か媚薬入りで、盛った土方に その場で押し倒され、逆にこちらが食われた事があった)
過去の後悔を参考に、そのような結論に達したのだった。
…だが、次の一言で土方の企みは総て公となる。

「今日誕生日だろ、先生」
「……へ?」
「自分の誕生日も覚えてねーのか?…まあアンタらしいっちゃ、らしいけどな」

心に思い浮かべていた通りの銀八がそこに存在していて、土方は優しく微笑む。
今日は銀八が、土方の恋人がこの世に出生した日だったのだ。

「そ、そうだっけ…?」
「やっぱ頭悪ィな、アンタ」
「うっ、うるさいっ!この年になるとだな、自分の年齢もわかんなくなるもんなんだよ!……でもマジ嬉しいんですけど… お前なんかに貰ったってのが悔しいけどな!」
「一言多いんだよテメーは!!…まあ有難く受け取れや、開けてみろよ」

その語が引き金となり、銀八は箱を手に取ると、ルンルン気分で静かに包み紙を破って行く。
そして中から姿を現した四角い器を開き、眼に飛び込んで来たものは
―――


「……指輪…?」


シルバーの、シンプルなデザインをした指輪が、可愛らしく収められているではないか。
手にする角度を変えれば、内側に『T→G』と深く刻まれてあるのを覗く事が出来た。

「唯の指輪じゃねェ、エンゲージ・リングだ」
「え…?エンゲージ・リングゥゥウ!?」

本日二度目の叫譟が辺りに木霊する。
幸いにも完全下校直前と言う刻に恵まれ、付近の教室からは人の気配すら感じない。
どうやら生徒の大半は帰宅の途に着いたようだ。
瞬時、静寂が再び周囲を支配していた。

「何をそんなに驚いてんだよ。流石に指輪にまで媚薬は入れてねーぜ」
「びびやくって、そう言う事じゃなくってだな!だだだだって、おま…!えええんげーじって…!!」
「婚約指輪、だ」
「こ―――っ!?」

次から次へと繰り出される単語の処理に頭が追いつかない状態の銀八とは対称的に、 銀八を混乱させる力を備えた発言をする土方は至って冷静だ。
驚愕する程のものではないだろう、瞳がそう悟っている。
しかし実際、自分の教え子(その上高校生)から誕生日プレゼントで、事も有ろうに 『エンゲージ・リング』を贈られる機会など、層々お目にかかれるものではない。
むしろ一生に一度、あるかないか(大概後者)だ。
それがどうだろう、今将にその状況が銀八の前で再現されているのだから、 世の中不思議な事もあるもんだと思ってしまう。
銀八が軽い混乱に陥るのも無理はなかった。
一方、土方は、相変わらず落ち着いていて。

「付けろ、とは言わねえ。ただ、それは俺のケジメだから」
「…ケジメ?そりゃあ一体…」
「俺が働いて収入得るようになったら―――結婚しようぜ、銀八」

刹那、銀八の唇に当たる、温かい感触。
触れるだけのそれは、直ぐに銀時の元から離れていった。
後に残されたのは、土方が与えた微熱と、そこから伝染し一気に上昇した己の体温。
さらりとプロポーズを言ってのけた土方に、こちらが恥ずかしくなってしまう。
両の手をそれぞれ頬に添えてみれば、それらは明らかに火照っていた。

「ななななにさらっとぷぷぷろぽーずみたいなこと言っちゃってるんですかあ!」
「オイ、顔真っ赤だぞ」
「うううるせえな!これは元からなんだよおお!!」

余りに突然の出来事で、動揺の色が隠せない。
けれども『嫌』と否定する気持ちは、心の何処を探しても見つかりはしなかった。
仮令それが自分より年下で、自分が受け持つ生徒に告げられたものだとしても、だ。
嬉しいとさえ感じてしまうのは、ついに狂ってしまった証なのだろうか、銀八は思案する。
それならば、狂ってしまったのならば、その状態を正気の基準にすればいいと、 ふわりと笑みを落とした。
夕焼けの赤と混じり染まった頬の色合いが、銀八の思いを表しているのだから。

―――ったく、お前はいつもいきなりだっての! 大体この国で同性同士、結婚出来るわきゃねーだろ…!」
「んなもん、どうにでもなるさ」
「…っ!?……―――あーあ、お前が言うと何でもその通りに なっちまうような気がするよ、悔しいけど」
「そんな所にも惚れたんだろ?センセ」
「ふっ、そうだったっけな…」

床に伸びた二つの影が今、互いに惹かれ合うようにゆっくりと重なった。



(結婚を誓い合うふたり。タイトル「むつらぼし」=「昴」=「一つにまとまるの意:統(すば)る」)
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