淡 雪backnextindex




「うっわ〜!見て見て多串君!雪だよ、雪!!」

早朝、凍え軋む体を無理矢理覚醒させ、真撰組屯所一室の障子をゆるりと開けた銀時が紡いだ 第一声は、高揚混じりのものだった。
目の前に広がる銀世界に、吸い込まれてしまいそうな錯覚にさえ陥ってしまう。
昨日夕暮れにこの場所を訪れた時は、空は雪を降らす気配さえ感じさせていなかったのだから、これらは深夜から明け方にかけて降り積もったものなのだろう。
数年ぶりに江戸を包んだ眩しい雪に、銀時は心が躍るのを感じた。

「……銀時ィ……、今何時だと思ってんだ…」
「だってよ多串、雪だぜ、雪!ヒャッホー!雪だるまとか雪合戦とか、めっちゃ久々に出来るんだぜ!!」

対照的に、未だ布団で暖を取る土方は寝ぼけ眼を擦り、浮かれる銀時を疎ましそうに眺めた。
低血圧な彼は、脳の機能総てが鈍く動き、状況変化に対応しきれていないのだ。
昨晩の銀時との色事も加わり、土方はより一層夢幻の世界へと誘われていた。
…銀時が浮かれ騒ぐまでは。


「…チッ、お前は一度気分が高まると暫くは治まらねーからな…。んなに動いて、腰は平気なのかよ」


夢世界の住人を諦め、溜息を吐き出し寝床から起き上がった土方はまず始めに、板敷にてぴょんぴょん跳ねる銀時の体を配慮した。
自分によって昨晩(と言ってもつい数時間前)激しく揺さぶられた彼の体は、一夜明けた現在、蓄積した疲労がピークに達し銀時へと襲い掛かる頃合だろうに。
だが土方の心配を余所に、銀時は振り向くと、にへらと顔をほころばせ、


「何言ってんの、それより雪!!ホラ、多串君、一緒に遊ぼうぜ!」


薄く、しかし確実に屯所の庭を覆った純白の雪を指で指し示したかと思えば、今度は土方を布団から剥がそうと足早に彼に近づき、彼の両手を引っ張り縁側へと連れ出そうと試みる。
緩く羽織られた着物の隙間から覗く、白くほっそりとした腕は懸命に土方を引き上げるものの、体が悲鳴を上げ本来の力が出ないのか、逆に銀時が土方に引き寄せられる形となり、わけなく布団の中へ……土方の腕の中へと閉じ込められてしまった。

「…ちょっ!オイ、土方!!俺は雪で遊ぶの、離せってば!」
「嫌」
「い、いやって、何だよソレ…!雪が俺を呼んでるんだよー、はーなーせー!!」
「却下」

どうにかしてこの束縛を解こうと己の内に残った力で精一杯もがいてみせるが、弱々しい銀時の腕では土方の胸を押し返す事も出来ず、結局は無駄な労力を使うに留まり収束を迎えた。
一方土方は、おとなしくなった銀時を天井が視界に入るよう床に寝かし直すと、自分は彼を見下ろせるよう、俗に言う馬乗りの体制を取り、銀時に不気味な微笑みの雨を降らせていた。


「ひっ、土方くん…?ま、まさかこのまま『第二ラウンド突入ー!』なんておかしな事、考えてないよねえ?」


ひくり。
身の危険を感じてか、銀時の右頬が少しばかり痙攣を起こし引きつる。
案の定、銀時を待ち受けていたのは、予想に反してくれそうもない、想像に忠実な何とも正直な未来だった。


「その『まさか』、だ。雪を見ながらするってーのも、新鮮で案外楽しめるかもしれねえぜ?」


土方は再び愉しそうに、にやりと笑って見せる。
近づいてくる土方の顔を最後の抵抗とばかり、銀時はこれでもかと両の掌で上へと押した。
これ以上ここで事に及ばれる訳にはいかない―――時刻は朝の六時に差し掛かろうという頃で、真撰組隊士が活動を始める時でもあった。
もし彼らに土方との最中を目撃されたら……考えただけでも恐ろしい。
根限り、行為を静止させようと頑張る銀時、だが。

「ちょっとちょっとちょっと!待って!君はそろそろお仕事の時間でしょ!?副長さんでしょ!?皆より早く出勤しなくちゃ、部下に示しがつかないよね!!」
「生憎だな、俺ァ今日は非番なんだ」
「マジ!?」
「まあ観念して、俺に喰われろや」
「うっそ、マジでやんの……ぁあっ」


程無くして、土方副長のお部屋からは濃厚な精の匂いと嬌声が響き渡ったそうな。




雪が溶ければ、春はもうすぐそこ。



(それはあまりにお前に似ていて、そして密かに嫉妬した)
(土方の、雪への嫉妬)
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