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「お、多串くん!?」 「俺もいますぜィ、銀時さん」 「沖田君まで…!」 振り返れば、そこには一般市民に紛れ、漆黒の制服を身に纏った真選組副長・土方十四郎と、 同じく真選組一番隊隊長・沖田総悟が並んで立ち止まっているではないか。 その内一人、土方は完全に刀の切っ先を定春に向け、今にも切りかかろうとしている。 「二人とも、何やってんの、こんなトコで」 そんな中、この異様な状況に動じもせずに、銀時は普段とまるで変化なく、平然と喋った。 「俺達は見回りの最中でさァ。そう言う銀時さんは、犬の散歩、ですかィ?」 彼ら二人の腰に差された日本刀をちらりと一目見れば、成る程、市内をパトロール中で ある事は一目瞭然だ。 沖田は、定春に敵意剥き出しな土方を放って、さらに銀時の傍に寄ろうとする……が。 「―――っ!」 「お、沖田君!?」 短い呻き声と共に、沖田は顔をしかめた。 左手できつく押さえた右上腕部からは、微かな量の鮮血が見え隠れしている。 痛々しい光景この上ない。 「定春!お前、何してんだよ!…沖田君、大丈夫か?」 自身の背後に佇む、爪・牙という名の凶器を所持した巨体を睨みつけ、銀時は甲高い声で勢いよく怒鳴った。 銀時に近づこうとした沖田の右腕を、貞治が自らの爪で引っ掻いたのだ。 怒叱された定春は悲しそうにしゅんとその体を縮こませた。 「大丈夫でさァ、銀時さん。こんなのどうって事ありませんぜ。安心して下せえ」 「良かったあ…すまねえな、沖田君。定春、ほら謝れって!」 未だ肩に前足を掛けられ、巨犬の全体重を預けられている銀時は、この場を離れ沖田の 傍に寄る事は叶いそうにない。 だが、片膝を立て地面にうずくまる沖田を放って置けるほど薄情な人間でもない為、 沖田に怪我を負わせた張本人を振り返り、もう一度咎めた。 その様子を、沖田は大層嬉しそうに見つめている。 「…オイ、さっきから何お涙頂戴してんだ、総悟」 ここで、この寸劇を傍から眺める一般客を演じていた土方が、ついに痺れを切らし、横から 口を挟んだ。 彼の瞳は沖田に向かい、馬鹿か、と今にも言い出しそうな剣幕だ。 「そんな傷、お前に取っちゃあどうってことねェだろうが」 「…へ?それってどういう事、多串君」 土方の一言に真っ先に反応を見せたのは他でもない、銀時だ。 銀時からすれば、沖田の被った切り傷は例え規模が小さくても、流血沙汰の何とも 痛ましいものだった。 それが『お涙頂戴』とおは、一体どう言う事だろう。 土方の言葉を疑いさえしそうだ。 「多串じゃねェ!土方だって何度言わせれば気が済むんだテメーはァア!!………まあいい。 お前、『真選組最強』と謳われる剣豪のソイツが、犬如きの攻撃を避けられねェ訳がねえじゃ ねーか。それくらい、朝飯前に決まってらァ」 「…あ」 土方に言われてみれば納得、と銀時は両の掌をポンと合わせた。 確かに、真選組一の刀の使い手、沖田総悟ともあろう者が、犬(正確には狗神)の攻撃を 防ぐ暇がない筈がない。 もし仮に避けられなかったとしてもだ、その刀で受け止めるくらい容易に違いないのだ。 それがどうだろう、いとも簡単に利き腕である右をやられてしまうとは。 考えられるのは唯一つ、わざと切られてやったとしか思い浮かばない。 「……チッ」 沖田は微量の、だが後方に佇む土方には聞こえるだけの声量で舌打ちした。 まるで全てをバラされた事に対し、怒りを顕にしたように。 どうやら沖田は、怪我に便乗して銀時に甘えるつもりだったらしい。 しかし、銀時には通用したものの、常日頃から行動を共にする土方ともなろうと、話は別。 てめェ……、と土方が低く唸るも、銀時には土方の行動が理解出来ないようだった。 ―――わざと怪我をしたからと言って、だから何だと言うのだろう。 傷を負うのは沖田自身であって、土方が怒る理由は何もない筈なのに。 銀時は理解不能、とでも言いたそうに、きょとんとした瞳で二人を見守っていた。 「総悟、テメーを切るのは後だ。……それよりもさっきから調子こいて万時屋にくっ付きまくってる お前!犬!!!」 刹那、土方の怒りの矛先は、沖田から定春へと転換する。 『鬼の副長』の異名を持つ彼らしい険相で勢いよく睨みつけられたが為に、銀時は少しばかり たじろいでしまった。 「な、どうしちゃったのよ…!多串くんっ!」 「てめェじゃねえ!その後ろの犬だ!」 「…わふ?」 相当頭に来ているのだろう、土方は銀時に『多串』と呼ばれても尚、訂正せずに定春に噛み付いた。 一方定春は、彼の険相を諸共せずに、小首を傾げている。 ……何が土方をここまで苛立たせているのか。 その答えは至極簡単で、身近な所に転がり落ちていた。 「いつまでくっ付いてやがる!いい加減離れろ!!」 彼の吐き捨てた言葉を解りやすく翻訳するとつまり、『てめェ、犬の分際で俺の(ここを強調) 銀時に馴れ馴れしく抱き付いてんじゃねえよ!羨ましいだろうが!』とまあ多少憧憬の念が 含まれていたり。 土方にしてみれば、巡視中運良く銀時を見かけたというのに(沖田も一緒だったが、この際 それは我慢するとして)出会い頭から馬鹿でかい犬に抱きつかれた彼を見てしまうという 最悪の場面に直面してしまったからさあ大変。 要するに、土方は銀時に惚れているのだ。 銀時との出会いこそ良くなかったものの、いつの間にか気付いた頃には心を彼に奪われた 後だった。 「大人気ないですぜ、土方さん」 「うっせえ!」 犬なんかに嫉妬して見っともない、正論を吐いた沖田をぴしゃりと黙らせると、土方は乱暴に 足を踏み鳴らせ、一向に動こうとしない定春に近づく。 恋は盲目、とはよく考えられた言葉だ。 一方定春はその間もしつこく銀時の頭部を甘噛みし続けていた。 土方の気のせいなどではないのだろう、定春がにやりと目を細めたのは。 もしも定春が人の言葉を話せるのならばきっと、『羨ましいだろ?てめェにゃ出来ねえだろうがな!』 と、土方を挑発していたに違いない。 …いや、実際に挑発しているのだが。 そして、売られた喧嘩を買わずに見過ごすなど、武装警察真選組副長・土方にそのような 能力が備わっていない事は、本人は百も承知であった。 「っ……犬……上等だコラァ!さっきから色々と癪に障ってんだよオォ!!」 プツンと彼の中で何かが千切れた鈍い音が辺りに響くと同時に、土方は定春に向かって 刀を振りかざし、渾身の力で土を蹴る。 それに驚愕したのは誰でもない、銀時だ。 相手が自分後方の定春を狙っているとしても、まず真っ先に被害に遭うのは確実に銀時だろう。 何の因縁があって『鬼(と化している土方)』に迫られなければならないのか。 …深く考えれば色々と理由が出てきそうな気がするが、それは今は置いておこう。 「ちょ、土方!落ち着けって!!」 「死ねェ!犬ゥ!!!」 「ぎゃー!聞いちゃいねェ!!!」 もはや完全に鬼に姿を変えた土方には、愛しい銀時の声さえ届いていない。 唯一点―――定春の首を討ち取る事だけが現在の彼の原動力なのだから、 他人の声を一切シャットアウトしていようとも、何ら不思議ではない。 だがこの状況は銀時に取っては、迷惑千万。 これで死ぬなど、死んでも死にきれない思いに違いない。 「父さん、母さん…鬼に殺され、先立つ不幸をお許し下さい…」 土方に幾ら声を掛けても無駄だと判明した以上、覚悟を決めたのか、銀時はほろりと涙を流し、 胸の前で両の手を合わせ、神に祈った。 と、その瞬間。 >> NEXT |