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p  e  t  i  t    h  a  p  p  i  n  e  s  s
(後編)




駄菓子屋への道中、沖田は実に様々な町民から声を掛けられていた。 その多くは彼への激励の言葉の類であり、警察という役職についている沖田だが その人懐っこさから町民からの信頼は厚く、町内巡回の際もこうして話しかけられる事が 頻繁にあった。 もっとも隊長である沖田が制服を着て帯刀し町内を巡ると言うのは、パトロール時か 真選組総出で凶悪犯を追っている時の他ないのだが。 片手を挙げ気さくに挨拶する沖田は傍から見れば笑顔を振りまく爽やかな少年の姿そのものでも、 内心は先刻より暗く沈んでいた。

「(…あーあ、この人込みのどっかにあの人がいればなあ)」

この鬱状態から一変、それはもう天にも昇るような気持ちになれるだろうに。
今日、正午を過ぎてからどれ程そんな気持ちに駆られただろうか。 最早溜め息の回数さえ数える事に疲れた沖田は、天を仰ぎ見ると静かに舌打ちをする。 己の精神状態とは裏腹に、青く澄み切った空を憎みけなすように。
勿論、そんな事をしたところでこの状況がひっくり返らないのは分かっている。 自分の所為でも、自分の上司の所為でもない、唯自分の置かれた立場を呪うしか怒りの 矛先を向けられずに、何かに八つ当たりしないと己の気が済まなかった。
最後にあの男と顔を合わせたのはいつだったろうか、ふと沖田の頭に疑問が浮かぶ。 かの声を最後に耳にしてからからそんなに長い月日が過ぎた実感がないにも関わらず 声の持ち主に会いたくて仕方がないのは、もう既にその男が放つ蜜の罠に 捕らわれてしまっているからなのだろう。 時には甘く、時には苦い、『恋』と言う名の切ない罠に。

「(……?…あれ?)」

視線を天空から大通りに戻したまさにその時、沖田の視界に広がる世界で変化が現れた。 沖田が歩くその先10メートル程の所に、よく見覚えのある背格好をした男が軽い足取りで 人をかき分け進んでいるのが見えたのだ。 どうやら向かう方面は両者とも同じらしく、前方の男がこちらへ歩み寄る気配はない。 いつの間に現れたのだろうか、男は銀色に輝く髪をふわりと風になびかせながら、時折 町民達と挨拶を交わしているようだった。

「(え…?まさか…何で、…本当に?ここいらはあの人の家から遠く離れてるのに…他人の空似?)」

自身の視力を信じきれず、沖田は両の目を擦るともう一度視線を前方へ向けてみた。 始めは幽霊かと思っていたが、何度目を閉じ開いても男の姿が消える事はない。 次に感じたのは男によく似た他人なのだという節だが、これを否定するのに十分な自信が 沖田の中には存在していた。

「(あの人の姿を見間違う筈はない…!)」

男と出会い彼を目で追うようになってから脳裏に焼き付けられたその姿を、取り違える訳がない。 それが沖田にとって何よりの自信。 何故男が自宅とは別方面のこの場にいるのか疑問は残るが、それよりも 偶然に男の姿を目に出来た事が沖田を地獄から天国へと引き上げる。 途端心が弾むのを感じ顔は自然と綻び、気付けば心より先に体が動き男の元へと走り出していた。

「(銀時さん…銀時さん!)」

昼過ぎで賑わう通りの雑踏を掻き分け前進する中で、心で何度も男の名前を繰り返し叫んでみる。 その名を呼べば呼ぶ程彼への想いは膨らんだ蕾のように次々と花びらが開き始めていった。 そしてあと一歩というところまで追いついた時、沖田は今度こそ彼の名を声に出し、 己より幾分か高いその背に勢いよく抱きついた。


「銀時さんっ!!」
「うわ!?な、なに!?」


刹那、肌で感じる男の温もりと耳に入るかの声に、男が間違いなくここに存在しているのだと 沖田は改めて実感する。 夢じゃない、それが分かると沖田の顔からは笑みが零れ、つい数分前までの鬱の状態が嘘だったかの 如く心が幸せな気持ちで満たされていくのを知った。 この男、銀時と唯顔を合わせただけでここまで幸せでいっぱいになれるのは きっと自分は心底彼に惚れているのだ。 彼を見た途端走り出しそして抱きつくなんて、何て正直なんだろう、そう思う。 しかし思い起こせば今まで自分はこれ程まで誰かに想いを寄せた事はなく、現在こうして 銀時に会い幸せを感じる事自体嫌な感じはしなかった。 同性だとか自分より年上だとか、そのような点は誰かを想う気持ちには関係ないのだ。 沖田は自らの心でそれを知る事となった。
背後から突然抱きつかれ困惑する銀時を見上げ、沖田は彼を落ち着かせるように笑顔で 話しかける。

「銀時さん、みつけましたぜ!」
「お前は、沖田君!」
「奇遇でさァ!お散歩ですかィ?」

口の中に入れていた飴の棒を手に持つと、銀時は自分に抱きついている人物を見るべく振り返った。 そこには自分よりも幼く小さな容姿端麗な男が、瞳をきらきらと輝かせこちらを見ている。 まるで飼い主に忠実な犬のようだ、動物に例えてみるとそれが見事に嵌っていて銀時は思わず 笑みを浮かべた。 真選組の中では(主に副長に向けて)無愛想な態度を取っている沖田だったが、銀時の前でのみ その表情を実に豊かにする事を銀時自身認識している。 年下に慕われるのは不快ではない。 唯、沖田の銀時に対する気持ちは恋慕の情である事を、銀時は未だ知らなかった。

「俺はこれからおやつ食べに行くとこ。糖分摂取ってとこだな」

お前は?
そう問いながら銀時は手にしている飴をちろりと舐めた。 そこで沖田は銀時が定期的に糖分摂取に出かけている事を思い出す。 甘味好きな銀時は糖分を体内に取り入れる為、しばしば外出しているのだ。 銀時に付き合い共に甘味処を訪れた日もあったが、その時はこの方面ではなかった筈だ。 この辺りの店にも通っているのかと、銀時の事をまた一つ知った喜びは大きい。 と、沖田の頭にはある考えが浮かぶ。 折角ここで会えたのだ、少しでも長く銀時と一緒の時を過ごしたい。 すぐに別れてしまっては勿体ない。 では、願いを叶える為にはどうするか。 最終的に弾き出された答えは一通りで、それは至極簡単なものだった。

「そりゃあいい!じゃあご一緒しやすぜ、パフェでも何でも銀時さんのお好きなものを奢って 差し上げます」

別れたくないのならば、このまま銀時と共に時を過ごせばいい。 だったら彼に付いて行けばいいだけの事。 そうすれば少なくとも小一時間は銀時と一緒にいられるだろう。 元々公務を抜け出して駄菓子屋へ向かう予定だったのだ、それが銀時と過ごす時間に変わる のならば、これ以上の至福はない。
未だに銀時に抱きつく形となっている沖田は、周囲の人の目など気にも留めずに銀時を 見つめていた。 一方銀時は沖田の申し出に目を爛漫と光らせている。 糖分が絡むとなれば、銀時は心躍らせた。

「ほんとか!?」
「ええ、俺も丁度休憩しようと思ってた所です。どうせ行くんだったら、一人よりも 二人の方が楽しいでしょう?それに、昨日給料日だったんです」

だから銀時さんの好きなもの、なんでも奢りますぜ。 その一言に、銀時は更に歓喜の声を上げる。 沖田は銀時が喜ぶ様子を嬉しそうに眺めていた。 銀時の幸せは自分にとっての幸せだ、だからこそ彼の笑顔を見るだけで自分も笑顔になれる。 こんな些細な事で幸せを感じる事が出来るなんて、『幸福』は案外近くに 存在しているのだと、沖田は拾い上げた小さな幸せを噛み締めていた。

「沖田君っ、そうと決まれば早速行こうぜ!」
「勿論でさァ!(銀時さんとデート!)」

早く早くと手を引き急かす銀時に満面の笑みで返事をし、銀時の手に己の手を絡め 沖田は通りを駆け足で進んでいった。


何が『幸せ』かなんて、普段当たり前のように生活していたら中々分からない。
唯その瞬間はいつも突然、前触れもなくやってきて、それまで俯き加減だった俺の心を 温もりで少しずつ満たしていく。
『petit happiness』…小さな幸せ。





※追記〜その頃の真選組屯所では〜


「…総悟、何処行きやがった…」

午後の日がいよいよ西に沈む中、真選組屯所では一足先に市内巡回を終えた副長・土方が 煙草を吹かしながら一番隊隊長である沖田の帰りを待っていた。 沖田をパトロールに向かわせた南地区は屯所からそう遠くないので、巡回する時間を 考慮してももうとっくに帰って来ている時間の筈なのに、待っても待っても一向に姿を現さない。 出動する前の沖田のやる気のなさから公務をサボる事は目に見えていたが、まさか ここまで遅くなろうとは。 予想外だった土方はいい加減堪忍袋の尾が千切れる寸前だった。

「…っ、あんのやろー!!一体何処でサボってやがる!帰って来たら切腹だコラー!!」

沖田が銀時と共に幸福な一時を過ごしているとは露知らず屯所に戻った暁には これでもかと咎めてやろうと、土方は夕空に向かって大きく咆えた。

後々公務を休み銀時とデートしていた事が土方に露顕し、更に土方の逆鱗に 触れる事になったのはまた別のお話。



>相互リンク記念に小夜さんに捧げた沖銀絵の裏話SSでした。
この後銀時を巡り沖田vs土方になる訳ですが、公務中、しかも町中で喧嘩を始めた 結果その場を銀時に見られ仲介されます。 銀時に会えて嬉しい土方ですが、いつものパターンで銀時に会えば嫌味な事を言ってしまう ので銀時を怒らせてしまい、最終的には優しく銀時に接した沖田に銀時を取られてしまう…という 悪循環が起こるのでした。
このお話も小夜さんへ、宜しければ貰ってやって下さい〜。
ここまでお付き合い下さり有難うございました!
小夜さんに貰って頂いた沖銀イラストはこちら
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