副 流 煙 | next | index |
「あー、多串君、またタバコ吸ってない!」
土方がいつものように万事屋の扉を開けてみると、まず始めに発せられた声はそれだった。 「ああ?何だよ、急に」 いきなりの言葉に呆気に取られていた土方は、次第にいつもの調子に戻っていく。 自分が出した声の大きさと、部屋の響き具合からすると、この家に銀時以外、誰もいないのは明らかだった。 勝手にドカドカと押し入り、ソファでジャンプを広げている銀時の隣に腰を下ろす。 「だって多串君、ココに来る時っていつもタバコ、吸ってないでしょ?」 「は?…ああ、まあな」 銀時の話題は先程からずっとそれ一色だ。 何故、土方はタバコを吸ってはいないのか。 …確かに、今の彼にはトレードマークとも言えよう、咥えタバコは見当たらない。 隊服のポケットの隙間からちらりと覗く小箱を見る限りでは、禁煙している素振りはなかった。 「オレが屯所に遊びに行った時も、それまで吸ってたくせに、消しちゃうよね」 「…気にすんな」 「とてつもなく気になるんですけどー」 土方の、まるで禁煙紛いのこの行動は、今始まったものではない。 二人が互いの居場所を行き来…つまり付き合うようになってからのものだった。 この為、銀時は反って気がかりなのだ。 どうしても、その訳が知りたくて仕方なかった。 「街でちらっと多串君の事見掛けるとさ、口にタバコ咥えてるジャン?ああ、格好良いなーって、そう思うわけよ、オレ」 自分には無い、渋くいかにも大人な魅力。 それに惹かれずにはいられない。 「オレってタバコ吸わねーじゃんか。自分の吸ってる姿って想像するとかなり変なんだけどよ、多串君はこれまた不思議と 決まってンのよねー」 「…オイ、『不思議と』ってのはどう言う意味だ」 「あ、冗談冗談。凄く決まってンのよ〜」 けらけらと笑いながら訂正する銀時。 馬鹿にされたような感じがするのに、何故だろう、土方は銀時に対しこれ以上怒りを顕わにする気分にはなれなかった。 「…で、どうして?」 足を組みソファにもたれる土方に、銀時はずい、と近づく。 見詰め合うのが何となく照れくさくて、双方の顔が接近しているのをこれは良いとばかり、土方は自分の唇を銀時のそれにそっと重ねた。 直後、思いも寄らぬ出来事に銀時の顔色は朱に染まる。 「ばっ…!キスしろとか言った訳じゃねェ!」 顔を真っ赤にしながら口元をごしごしと擦る銀時に、どうしようもない程の愛しさが生まれたのは土方自身の秘密だ。 「…テメーが肺ガンで死ぬのは、ヤなんだよ」 刹那、ぼそりと呟かれた言葉。 どんなに土方が小声で喋ったつもりでも、二人のみの空間には十分過ぎるくらいだった。 …もちろん、彼の隣に座る銀時にも。 「う…う、そ」 「信じられねーなら、それでいい」 「ううん、そうじゃなくて!まさかそんな答えが返ってくるとは思わなくて。…うっわ!何それ、マジ嬉しいんですけど…! 大好き、多串君!」 「わ!」 途端、銀時が土方に抱きつき、土方の膝の上に乗る体制となる。 歓喜故の行動に、土方も笑みが零れた。 銀時から抱き付いてくるなど、滅多にない事なのだ。 自然と腰に回す手の力が強くなる。 「あー、でもオレ、トシの煙でだったら、死んでもイイかも。一緒に肺ガンになってあげるよ」 この一言で、土方の、いつもは不満そうに黙り込んでいる顔に、ほのかに赤みが加わった気がした。 (紳士な副長) |
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