深淵を漂う




…己の本当の気持ちに気付いたのは、いつだったのだろう。

午後の暖かな陽射しの中、沖田は頓所の縁側に寝そべったまま、いつ鬼の副長に咎められるとも知らず、独りただ思いにふけっていた。
見上げた空は蒼く、どこまでも澄み渡る。
すべてを包み込むその青を、知らずうちにかの男の姿に重ねていた。


「…いつから、だ?…いつから自分は、」


あの人に特別な想いを抱いていた?

ぼう、とただまどろむ沖田は、独り言の核心を吐き出すことはない。

刹那、彼の背後に黒い影が揺らめく。

と同時に、鬼の形相をした背の高い男の甲高い声が、辺り一面に木霊した。


「そーごぉぉお!だあれが勤務中に昼寝しろと言ったァ!」

「あれ、土方さんもサボりですかい?いけねぇや、副長ともあろうものがサボり なんて、部下に示しがつきやせんぜ?」 「お前が言うなお前が!俺は今は書類整理だ!」


耳につく嫌な声。
沖田は男、土方の声色を昔からそう認識していた。

自分を咎める声。
大好きな姉の心を奪った声。
そして、


「俺の信頼する唯一の人のそばに纏わり付く声」
「あ?」

途端沖田は、はっと我に返る。
土方が己の方を向き不審そうに目を細めるのを見て初めて、自分が思いも寄らぬ言葉を口にしてしまったのを知った。
ぽつりと呟いたため相手に言葉の内容までは聞き取られなかったものの、沖田の背筋には冷や汗が伝う。
この男には、この男にだけには己の気持ちを何としてでも知られてはならないのだと、本能が警笛を上げていた。


「…なんでもありません。さぁて、五月蝿いヤツがいることだし、そろそろ仕事に戻るかなあ」
「てめっ、五月蝿いとは誰の事だ、五月蝿いとは!」
「あれ、分からないんですかィ?そんなことも分からないなんて、土方さん、アンタ頭相当イカレてますぜ」
「なっ…!総悟ォォオ!!てめ、今日と言う今日は容赦しねェエエエ!!!」

完全に頭に血が上り抜刀する土方。
彼の様子を見るに、今はもう先程の沖田の些細な一言など覚えてもいないだろう。
これでいい、沖田は土方に背を向け静かに目を閉じる。
そう、これでいいんだ。


「(今はまだ、土方さんにこの想いを知られる訳にはいかなねェ。今知られたらきっと、近藤さんまでもがこの男の元へ行ってしまうかもしれないから。…もしそんなことが起こってしまったら自分は…)」


そこまで思いを巡らせ、沖田は頭を左右に振った。
もしものことまで考えてしまうなんて、自分らしくない。
今はただ目の前のことのみを考えてればいいと自分の想いに蓋をし、怒りを露わにし沖田に切りかからんとする土方から逃げるべく、勢いよく縁側を駆けていった。



(今はこの想いに蓋をして気付かないふりをして、ただ暗い深淵を漂う)
(沖→近)
 
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