>>これが僕らの日常












R  o  u  t  i  n  e  ! 













「ふぬぬぬぬ…!コラ、定春!!てめぇいい加減ここから動けよっ!」


昨日までの連日雨天はまるで夢だったと主張するかのように、何処までも澄み渡る空が存在している某日。 この空の下、ある一人の青年の叫び声が広がり消えていた。 太陽の光を浴びて煌く銀の髪、そして透き通る白い肌を備えた『万事屋』坂田銀時は、先刻からある場所より先へ全く進む事が出来ないという事態に陥っていた。


「あーっ!もう!なんで動かねえんだ!!」


それもこれも、総て、彼が今握っている赤いリード…の先端の生き物の所為。


「定春!」


『定春』と呼ばれた、珍種・狗神は、銀時が引き寄せるその力に抵抗し、酒処正面玄関から一向に動こうとはしない。 従来のサイズの犬であろうものなら、無理矢理、抱いてでも先へ歩く事は可能だが、そこは狗神、彼の体長は半端なく大きい。 それ故に、銀時がいくらありったけの筋力で連れて行こうとしても、巨体はびくりともしなかった。


―――ったく!神楽の奴、散歩の時間見計らって出かけやがって!つか定春!お前は何だ、酒でも飲みてぇのか!?」


顔見知りになってからこの方、うんともすんとも言わない定春は、現在の心情を表すかの如く、首を左右に思いきり振る。 どうやら言葉は通じているらしい。


「うがーっ!あともう少しで家だってのにィー!!なあ、お願い!あとちょぴっとで良いから動いてくれよ!な?定春くん〜!」


…銀時の言葉は確かに通じている筈、なのだが。何故か定春は、これ以上踏み出そうとはしなかった。 四本足でこれでもか、と踏ん張り、両眼をかたくなに閉じている。

 ―――まるで『家には帰りたくない』と駄々を捏ねるように。


―――っ……はあ。仕方ねえなァ…」


そんな定春の行動に、銀時はお手上げだと、溜め息を吐き出し頭を掻いた。


「少しだけだかんな?いいか、今日も十分だけ、ここで留まっててやるから。十分過ぎたら家に帰る事。解ったな」


彼が観念するのには、きちんとそれなりの理由があった。 と言うのも、定春は銀時との散歩時には必ず、この酒処で動く事を止めてしまっていたのだ。 定春の、その行動について根拠は定かではないが、決まって銀時と『十分』の約束を交わすと、後は大人しく彼に付いて来る。 銀時にとっては早く家に帰ってのんびりしたい、というのが本音ではあるものの、もう十分の辛抱だと自分に言い聞かせれば、それ程苦ではなかった。 一方定春は、銀時のその一声を待ってました、と言わんばかりに目を爛々と輝かせ、嬉しそうに銀時の頭を優しく噛み始めた。


「アイタタタ…。コラ、定春!噛むなってば!」


銀時よりも図体が遥かに大きい定春の、重さに押しつぶされぬよう、今度は彼が足に力を加え、踏み堪える形となる。

と、丁度その時分。




「オイ。何、人のモンに手ェ出してんだ。バカ犬」




銀時に馴染み深い綺麗な低音テノールが、辺り一面に響き木霊した。



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