あらざらむ このよのほかの 思ひ出に




「…お久しぶりです、旦那」


銀時が再びその男(どちらかと言うと、少年の方が合うのかもしれない、銀時はそう感じた)を目にしたのは、実に数ヵ月振りだった。
太陽の下透けるような栗色の髪の毛は未だ健在で、浮かぶ笑顔も以前と何ら変わりはない。
彼の変化を強いて挙げるならば、元来からの色白の肌はその白さを更に増し、銀時に病弱な印象を与えていた。

「お前…大丈夫か?熱でもあるんじゃ…」

沖田の体調を気遣いおもむろに手を伸ばせば、沖田はその手をぱしゃり、と払いのける。
その動作に驚いていると、沖田は一言すいやせん、と謝った。

「旦那のお気遣いは有難いんですけどね、本当に大丈夫ですから」

両の唇を吊り上げ作られたほほえみは、何処かぎこちない。
具合が悪い事を必死に隠そうとしているのか、銀時には沖田が無理をしている事は百も承知だった。
それでもあえてそれを口にしないのは、銀時の沖田を思いやる心ゆえであろう。
話題を変えようと話を考えている最中、沖田は今度は柔らかな笑顔を浮かべ、こう言った。


「俺、アンタの顔が見れて、よかったですぜ」


弱々しく儚げに紡いだ言葉は、銀時に届くや否やその姿を消した。
沖田からはっきりと思いを伝えられ、銀時の顔は少しずつ朱に染まっていく。
そんな銀時の表情を、沖田は満足そうに見つめていた。

「…じゃあ旦那、俺ァもう戻らなきゃいけねーんで」

刹那、沖田は悲愴で心を満たしていく。
引き続き、瞳と口に笑顔を残したままで。

「もう?折角数ヵ月ぶりに会えたんだ、どっかで茶でも…」
「…すいやせん、でももう帰らないと。近藤さんが心配するもんで」
「そっか…じゃ、また今度な。時間がある時にでも万事屋に来いよ。俺は大体家にいっから」

銀時の誘いに、沖田はゆっくりと頷いた。
必ず行きますから、そう告げ笑顔を見せれば、銀時も安心したかのように笑顔になる。
じゃあなと手を振り遠ざかる銀時をある程度まで見送ると、沖田は静かに項垂れた。


「ゴホッ…。…あーあ、しんどくていけねーや。うまく、笑えたかな…」


途端、沖田は鈍い咳を繰り返した。
銀時の前でだけは元気な姿でいたい、そう思う一心で我慢していた咳が、気が緩んだ為に止め処なく吐き出される。
立つ事自体が辛くなり、沖田は思わず店の軒下にもたれかかった。


「『あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの あふこともがな』
…本当にすいやせん、銀時さん。俺、アンタとの約束、守れねェや。…でも、最後にアンタの笑顔が見れて、本当に幸せだった」


ふと見上げれば、何処までも澄み渡った空の青が沖田を包む。
次に、かざした掌にべっとりと染み込んだ鮮血の赤が視界に入り、沖田は自らの余命を悟り、瞳を閉じた。





『あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの あふこともがな』(和泉式部)
「私はきっともうすぐ死んでしまって、この世にいなくなるでしょう。ですから、私があの世にいった後で、この世に生きていたときの思い出にできるように、せめてもう一度あなたにお会いしたいのです。」


(沖銀/沖田結核話)

*special thanks* 訳→http://contest2.thinkquest.jp/tqj2003/60413/index.html
 
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