ナイモノネダリ




「アンタなんか嫌いヨ」


突然背後から投げかけられた言葉に、土方は目を見開いた。
始めは自分へ向けられたものとは知らず振り向きもしなかったが、強い殺気でそれは明らかとなる。
敵か、と刀に手を回しながら声のする方向へ体を捻れば、そこには紫の番傘を差した土方のよく知る少女が彼を睨みつけていた。

「…てめェは万事屋の、チャイナ娘」
「気安く呼ぶんじゃねーヨ」

吐き捨てるかのごとく紡がれた声は低く、敵意が剥き出しの状態だった。
街中に強く降り注ぐ真夏の日差しの中で、唯一その声のみが土方の神経を冷たく撫ぜる。
相手は威嚇のつもりだろうが、生憎土方はそれで怯むような人間ではない。

「なんだ、今日はやけに不機嫌じゃねーか」
「うるさいアル。テメーに言われたかねえよ」
「…は、さては銀時に怒られでもしたか?あいつァ結構強情だからよ、てめえから謝んねェといつまで経っても機嫌が直ら
「うっさい!喋るなこのマヨラーが!!」

絶叫が辺りに木霊する。
それと共に土方の瞳に映し出されたのは、己に向け構えられた番傘の銃口だった。
傘越しに覗く少女の両目は至って真剣で、このまま柄の引き金を引けば土方は確実に撃たれるであろう。
そうなる事は少女にとって、切なる願いだった。
しかし刹那、彼女の目には深い悲嘆の色が浮かび、傘をゆっくりと地面に向けると、静かに俯いた。


「…お前を殺せたら、どんなに良かったか…。でも……、…でも出来ないアル。そんなことしたら、銀ちゃん、悲しむヨ…」
「…?チャイナ?」

ぽつり、ぽつりと呟かれる声は、土方の耳に入ることなく空気と混じり合い消えた。
土方は彼女が放つ悲観な声色に聴覚が刺激され、泣いているのかと、その顔色を垣間見ようとする。
すると勢いよく顔を上げた神楽と視線がぶつかった。

「お前…ずるいヨ!欲しいもの、みんな持ってる!家族も居場所も…。だから私が一番欲しいもの、取らないでヨ!どうして銀ちゃんアルか…!」
「……!…お前、まさか…」
「銀ちゃんも…どうしてこんなヤツ…。…っ、お前なんて大っ嫌いネ!」

再び強く吐き捨てると、神楽は通りの人込みの中へと駆け出した。
残された土方の脳裏には懸命に訴える少女の悲痛な表情のみが濃く焼かれ、土方は複雑な気持ちに包まれていた。


「……悪ィな、でもアイツだけは、どうしても渡す訳にはいかねェんだよ」


向かう先の無い言葉は唯、夏風の吹く大空に舞うだけだった。



(本当に欲しいものはいつだって、望んでいる時には手から零れ落ちていくネ)
(土銀←神)
 
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