いつか言えたらいい、そっと閉じ込めたこの思いを |
(※『深淵を漂う』から続いています)
「…あれ?」 鬼の如し形相の土方からまんまと逃げ延びた沖田は、ある一室の前で歩みを止めた。 彼の耳に入る、微かな音。 一般の人間では己の足音に掻き消されてしまうであろうその音も、常人離れした沖田の耳には難なくするりと入り込んでくる。 それは、人が静かに寝息を立てている音だった。 「近藤、さん?」 ぽつり、部屋の持ち主の名を口にする。 そこは屯所の奥に位置する、真選組局長・近藤勲の自室だった。 白昼堂々局長自ら昼寝をするなんて今朝まで夜勤だったのだろうか? 沖田は彼の勤務時間を思い出しながらそっと襖の戸を開け、彼を起こさないようにゆっくりと室内へと足を進める。 「こんどう、さーん」 静かに漏らされた声は、空気を微小に振るわせるだけに留まる。 沖田の読みは正しく、部屋内部には毛布に包まり横になっている近藤の姿があった。 余程深く眠りについているのだろう、彼は沖田が近づくもその気配に気付くことなく眠り続けている。 近藤の隣に腰を下ろし、沖田はそこで初めて彼が今朝方までの勤務だったのを思い出した。 「近藤さん、お疲れさまです」 近藤の寝顔を見るや否や、沖田の顔は自然と綻ぶ。 先刻までの土方とのやりとりの中で生まれた黒くどっぷりとした感情は遠く押しやられ、その代わりに暖かな春の陽射しに包まれたかのような柔らかな愛しさが沖田の心を満たしていく。 まだ発育途中の大きいとも小さいともとれる掌を近藤の額にそっと置き、ふんわりと風になびく髪の毛を優しく撫ぜた。 「…近藤さん、ずっと、ずっと、アンタのことが好きなんです、だから」 …今だけ、この瞬間だけ、許して下せェ。 そう呟くと、沖田は溢れる想いと共に自身の唇を近藤のそれに触れさせた。 (ずるいのは百も承知だ。でもおれは、こうすることしか自分の想いを貴方に伝える術を知らないから。でも、いつか貴方にちゃんとに言えたらいい、) (沖→近/近藤の寝ている間に一人告白する沖田) *special thanks* title「Sinnlosigkeit」→http://www.geocities.jp/someday_arrive/ |