campanella




「好き、なんじゃ。銀時」

刹那、鼓膜を振るわせたその言葉に、銀時は身動きが取れなかった。
それは驚きから来るものだったが、それ以上に自分を見つめる男の視線が己の瞳を捕らえて放さない。
普段明るくへらへらと振舞うこの男が時折見せる真剣な表情はどこか他人を引きつける力を持っており、一度捕らえられると抜け出せない事を銀時は熟知していた。
それでも、長年この男と付き合いがあった銀時でも、坂本のこの突然の告白は到底予期出来るものではなかった。

「…やき、おんしにキス、させてくれんかの」

男の視線と紡ぎ出される音声にばかり気を取られていれば、両肩へと伸びる男の腕に気付く事はなく、それが触れた瞬間、銀時はびくりと体を震わせた。
拒絶する訳じゃない。
けれど、目の前に佇む男が、己のよく知っている『坂本』と言う人間とは何処か異なる気がして、そう思い始めると普段の柔らかな表情を相手に見せる余裕が無くなってしまう。
お前はだれだ、辰馬はそんな事を言う奴じゃないと、そう非難の声を浴びせようとしたが、瞬時、その気持ちは彼方へと吹き飛んでしまった。
…おそらく自分は前から心の奥底では分かっていた。
この男が、もう随分前から、自分を想っていた事を。
ただその気持ちに気付かないふりをし、ずっと避けてきたのだ。
この男と、ずっと友情関係を続けていくために。

「……たつ、ま…」

やっとの思いで奏でた声は、たいそう震えてそれは惨めなものだった。
坂本から見れば、自分は今にも泣き出しそうな顔をしているに違いないと、銀時は感じる。
事実、銀時の心は混沌としていて今にも不安で押しつぶされそうだった。
何よりも坂本の一途な想いそのものが、銀時にとっては心に重くのし掛かり息が詰まってしまう。
何と返事をすれば、この男を傷付けずにすむのか。
返す言葉が見つからなくて視線を不意に外せば、その様子から坂本は苦笑いを浮かべた。

「おまんの表情を見る限りじゃと、わしにゃあ見込みがないっちゅうことがか」

まるで自分の心の内を見透かされた発言に、銀時は再びびくりと肩を震わせる。
攘夷戦争時代からの付き合いであるこの男の前では、秘密事など意味をなさない。
それすら判断する事の出来ない程銀時は混乱しており、同時にそれによって更に坂本を傷付けている事態を今になってようやく理解した。

「辰馬、あのな」

有りの侭の気持ちを相手に伝えるその行為こそがきっとお互いの為になる、銀時は思い切って口を開いた。
が、それも束の間、坂本は銀時の肩から手を離すと軽く微笑み、そして。

「もう知っとったぜよ。おんしの心は」

…混乱させばして、まっこと申し訳ないのお。

声を挙げ笑いながらそう告げる坂本の表情は、銀時にとっては何処か悲しく思えた。

「おんしゃの事は大分前から好いとった。やけど、あんな時代じゃったから、表に出さんようにしちょったんじゃ。時代が変わって、わしがいない間に、おまんの心ははや決まっちょったんじゃのう」
「……ごめん」

坂本の優しく真っ直ぐな視線に、銀時はいたたまれなくなり、唯謝罪の言葉を並べるしか出来なかった。
坂本の気持ちを以前から知っておきながら今日まで何も出来ずにいた自分を、銀時は酷く恨んだ。
俯き顔が曇る銀時に、坂本は尚も優しく微笑みかける。

「なき、おんしが謝らんといかん?」 「…おれ、お前のこと、好きだよ。ずっと好きだった。でもそれは、お前の好きとは、違うんだ」
「知っちゅう」
「俺、多分心ん中では、お前が俺を好きって事、分かってたんだ…」
「それも知っちょる」
「…おれは…!」

―――本当にお前に感謝してるんだ、昔、あの時代、先生を亡くして生きる意味を失っていた俺を救ってくれた、お前の優しさに。
…でも、お前じゃ駄目だった。
あいつじゃなきゃ、土方じゃなきゃ駄目なんだ。

顔を上げ目の前に佇む男の顔を見た途端、総ての言葉は掻き消えていた。
やはりそこには、相も変わらず静かに笑みを浮かべる坂本の姿があったのだ。

「そげん泣きそうな顔をするもがやない。おまんの気持ちはもう十分分かっちょるつもりじゃ。幕府のお偉いさん、やか?」
「………ごめん」
「いいんじゃ。おまんは幸せにならんばいかん男じゃき。前にも言った事があったやお?わしはいつでもおんしの幸せば祈っちょる」

そう言い残すと、坂本は銀時のくせっ毛を優しくふわりと撫でた。
銀時にとって坂本はいつでも優しくて、だが今だけは、その優しさがとても痛かった。
無理して笑わないで優しくしないで欲しい、そう告げたいのに、それがもし坂本を傷付ける事になってしまうと思うと、やはり声を掛けられなかった。
暫く髪の毛を撫でた後、坂本は手を止め、そして銀時に別れの言葉を切り出した。

「じゃあわしはそろそろ宇宙へ戻るぜよ。おまんにわしの気持ちを伝える事が出来ただけでも上出来じゃあ。また遊びに来るやき、万事屋のチビ2人にも宜しく伝えとってくれんかの」
「……うん」
「元気出さないかんち。おまんの事はそれでも仲間だと思っちょる。わしの事、嫌いにならきね」
「当たり前だ!……ありがとな、辰馬」
「おう」

銀時が返事をした事を確認すると、坂本はくるりと踵を返し、そして仲間を待たせてあるターミナルへと足を進めた。
周りに響く人々の雑音も、坂本には全くの無音に感じられた。


「あーあ、失恋ばするんはげにきっついのお」


江戸に広がる青空に吸い込まれた声に悲痛が含まれていた事は、誰も知らない。






『campanella』アサガオ:「はかない恋」
 
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