祭好きと、あんず飴




「…よう」


夏祭りの夜、懐かしい匂いを感じ振り向けば、そこには左の瞳を包帯で隠し口先をつり上げ笑う高杉の姿が目に入った。
丁度一年前の祭りの晩もこうして現れたこの男を、銀時は己の警戒心を解く事なくにへらと顔を崩し迎え入れる。

「あんれ、高杉くんじゃないですかー。どうしたんですか?君は去年もここにいましたよね。…あ、よっぽどお祭り好きなんですかー?じゃなきゃ普通来ませんよね、こんなとこ」

右手で持ったあんず飴をちろりと舐めながら、銀時は高杉と向き合った。
昨年と同じパターンならば高杉は己が所持する刀を抜き、銀時を自身の仲間に誘おうとするだろう。
しかし今宵、高杉はその腰に刀を挿さずに銀時の前に現れていた。

「相変わらずテメーは他人をおちょくるのが上手いな。…安心しな、テメーを殺ろうとか、脅して仲間にしようとか、そんなこたァ思っちゃいねーよ」

唯一手にしていた煙管をふかし、クク、と静かに笑う。
人々が大勢ごった返すこの祭りの中で高杉が行いそうな事と言えばやはり昨年と同じテロだ、銀時は本能的に感知した。
だとすれば近くに仲間がいるのだろうか、高杉に気づかれる事なく静かに辺りを見渡そうとするが、それより先に、

「テロも計画しちゃいねえ、俺は唯祭りを楽しみに来ただけさ」

高杉は銀時の考える事を予測し、その可能性を挫く。

「…お前、それ本気か?」

銀時が指すのは、高杉の『唯祭りを楽しみに来た』の部分だ。
幼少時、共に吉田松陽の元で教えを受けている時、その時分から高杉は祭りが好きだった事を銀時は覚えている。
だが昔と大分変わってしまった今、彼の発言が真実なのか、銀時には見極める術がなかった。

「疑いたきゃ疑えばいい。それはお前自身の問題だ、そうだろ?」
「……」
「は、まあどっちでも構わねーよ。俺には関係のねェ事だ」
「……あ、オイ!」

高杉は素早く銀時からあんず飴を奪うと、それをゆっくりと口に含む。
その姿が一瞬過去の彼の姿と重なり、銀時は軽い眩暈を覚えた。

「そう言えば昔、お前が俺にコイツを買ってくれた事があったな。覚えてるか、銀時」
「……何が、言いたい」
「クク、そう怒るなよ」
「…、覚えてるよ」

それはお互いがまだ歩みを共にしていた頃、二人は夜中こっそりと松陽の元を抜け出し、屋敷傍で開催されていた夏祭りに出向き、銀時は高杉にあんず飴を買い与えていた。
嬉しそうに飴その飴を舐める高杉。
儚く些細な思い出話だが、高杉が覚えていた事に銀時は驚く。

「…お前はそんな事、とっくに忘れたもんかとばっか思ってた」
「……なぜそう思う?」
「…さあな。お前、俺の事好いてないだろ」

銀時の発言に高杉はくつり、と喉を鳴らすように微笑んだ。
その様子を、銀時は不思議そうに眺める。

「…何がおかしい、」
「いや、まさかそう来るとは思わなくてな。…それ、今の話か?」
「なにが」
「俺がお前を好いてないっつー話」

男の問いに、銀時は一瞬どう答えてよいか躊躇した。
自分の一言が招いた結果なのだが、銀時はなぜそう男に言い放ったのか、相手に伝えられる程の正当な理由が見つからない。
昔は少なからず好かれていたのだろう、銀時は思う。
それでなければ、高杉は自分とつるんで行動する筈などないのだ。
…なら、今はどうなのか。
昨年のこの時期、高杉は銀時を仲間に招こうとした。
それなら、現在も尚嫌われてなどいないのだろうか。
考えれば考えるほど銀時は混乱し、口を噤んだ。


「……お前は本当に昔から勘違いするヤローだったな」


二人を包む長い沈黙を先に破ったのは高杉だった。
唯、生憎の喧騒で、銀時にはその内容までは届かなかったようだ。
顔を上げ、きょとんとした瞳で高杉を見ていた。

「…え?」
「何でもねえ、忘れろ」

刹那、高杉はガリ、と手にしたあんず飴の一片を砕く。
すると、二人からそう離れていない場所で花火が上がる音がした。

「ほう、花火たァ風流だな」

次々に夜空に咲き誇る花火を見上げ、高杉は嬉しそうにそう呟いた。
その横顔は紛れもなく銀時がかつて高杉と共に夏祭りを訪れた時に彼が見せた笑顔であり、銀時は再び眩暈を起こす。
まるで過去の関係に戻ったかのような軽い錯覚を感じ、これは一時の夢だと、銀時は己の脳に思い込ませる。
ぎゅっと目を瞑っていた為、銀時は高杉が己に近づいて来たのに気付く事が、少し遅れてしまっていた。


「…?!たか、す……」


ドオン。
一際鼓膜を刺激する大きな破裂音が辺りに響く。
それに続き木霊する観衆の歓呼の声。
だが、銀時の耳に入ってきたのは、その双方どちらでもなく。


「…!」


高杉によって咬まれた際に発生した、自身の下唇の傷付く音だった。
ガリ、と鈍い音が耳を突いたかと思うと、その場から即座に痛みの波が押し寄せる。
次に傷口を舐められた時には、全身にくまなく電気が駆け巡った気がした。

「っつー…。てめっ、何がしてえんだ!」

銀時は左手で唇を押さえながら反射的に拳を振り上げ、高杉目掛け勢いよく振り下ろす。
それに対し高杉は不敵な笑みを浮かべながらひらりと後ろへ舞うと、器用に攻撃をかわした。
銀時を見つめ、あんず飴を舐め始めている。

「クク、やっぱり弱くなったか?白夜叉ァ。…まあいい、今日はイイモン貰ったし、俺はこの辺で消えるとするぜ」

今夜何度目の花火が上がったのだろう。
その光が夜空へと吸い込まれると同時に高杉は漆黒の闇と己の姿を同化させ、動揺する銀時の前から姿を消した。
鈍く痛む下唇を押さえ、残された銀時は一人、高杉の去った方向へ目を向ける。

「…アイツ、本当に何がしたかったんだ」

吐き捨てられた言葉は銀時の予想していたよりも大分大きな声量で夜の空気を振るわせる。
傷口を指でなぞり出血を確認してから、銀時は奪われたあんず飴をもう一度買いに行こうと、人込みを目指し歩き出した。



(俺がお前の事を嫌ってるって?…は、笑わせんな。お前は昔からもう俺のモンなんだよ。所有物には証をつけねーと、な?)
(高銀/夏祭り)
 
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